ランス・デサルディ - ジャズサラダ
LABEL: Pacific Coast Houseダラス出身のランス・デサルディは、1999年頃にルームメイトのJTドナルドソンと共にロサンゼルスにやって来ました。当時、私はハリウッドの中心、メルローズ通りにあるロサンゼルス最大の独立系ダンス音楽店「ビートノンストップ」の主任バイヤー兼マネージャーを務めていました。私たちはちょうどビートノンストップからダブルパックのレコードと、PCHからシングルをリリースしたところで、どちらも私とCPenが参加していました。
ランスとJ.Tは、クリス・ペニー(別名CPen)によって私に紹介されました。彼もまたダラスからロサンゼルスに移り住んだ人物で、偶然にも二人とも仕事を探していました。二人はシカゴで約二年間、ジェミニことスペンサー・キンシーとシカゴのハウスメイヤー、デリック・カーターの指導のもと滞在していました。
私は二人を雇い、すぐに親しい友人となりました。私は彼らに機材やキーボードなどを貸し出し、プロジェクトに取り組ませました。すると、ビートを作るプロデューサーやアーティストの小さなコミュニティができ、彼らは作品を店に持ち寄って「見せ合いっこ」を始めました。
これにより、私たちは互いに刺激し合い、レーベルのための曲作りに励む健全な雰囲気が生まれました。これが、当時の私たちの様々なプロジェクトや別名義を収めるために「セダクティブ」「パシフィック・コースト・ハウス」「パシフィック・トラックス」などが立ち上げられた理由の一つです。
ある日、ランスが店に来て、満面の笑みで足取りも軽く現れました。 彼ともう一人の同僚ハイメ・Gはその週にスタジオに入り、「ジャズ・サラダ」を作り上げたのです。
ランスがDATテープを差し込み、ハイメの深いラテン風イントロがスピーカーから轟いた瞬間、これはアンダーグラウンドで大ヒットする曲だと確信しました。あのグルーヴと感染力は、20年以上経った今でも否定できません。
レコードで再び聴けるのは嬉しいことですし、ディスコスの高額な価格(100ポンド以上)ではないのもありがたいです!裏面の「ボイン」は、マーク・ファリナ風のセットにぴったり合う深夜向けのグルーヴィーな曲で、ボーナスビートも付いています。見逃せません。名作です。
以上はパシフィック・コースト・ハウスのサム・ロブソンによる言葉です。